東京女子医科大学では、社会で活躍する女性医療人の育成を掲げ、女性医療人キャリア形成センターを設立。女性医師や女性研究者のキャリア継続支援の一環として、介護支援の取り組みが進んでいます。代役のいない医療現場における仕事と介護の両立支援について、自身の介護経験を活かしプロジェクトを推進するダイバーシティ環境整備事業推進室長の本多祥子様にお話を伺いました。
*当学は、東京都が近年推奨している「ライフ・ワーク・バランス推進プラン」すなわちワークよりも「ライフ」が先にくるという考え方に賛同しています。
女性医療人キャリア形成センターの女性医師・研究者支援部門では、研究の支援のほか子育てのサポート体制の充実といった活動を行っていました。しかし、これまで介護についてのサポート体制はほとんどありませんでした。介護のサポートについて取り組みを始めたのは、実のところ私自身が介護で苦労した実体験が基になっています。
本学にはファミリーサポートという子育て支援の制度があります。これは、サポートをする提供会員と、サポートが欲しい依頼会員をマッチングする仕組みで、本格的な子育てではなく、塾の送り迎えなど、ちょっとしたお手伝いを必要とする教職員のための事業なんです。それを介護でもやってもらえないかと、私は常々思っておりました。例えば、代わりに処方箋を取りに行ってもらうとか、入院手続きの間だけ親を見ていてほしいとか、ファミリーサポートに頼めたらということは多々あって、実際に電話もしてみたのですが断られました。「介護はやっていません」と。それなら作ればいいだろうと事業計画を作って、文部科学省の人材育成費補助事業のダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ「先端型」に応募したところ、幸いにも採択されました。
子育てのファミリーサポートで本学と提携していたNPO法人子育てネットワーク・ピッコロ(清瀬市)には既に介護でもファミリーサポートの実績がありましたので、事業計画を提案。快諾を得て本学でも実施する運びになりました。
社会では介護離職が問題になっていますが、医療職の介護問題に限ったデータは調べてもあまり見つからず、実態が掴めませんでした。本学は女性医療人のライフ・ワーク・バランスを重視した支援体制を全国に先駆けて構築していこうという立場ですから、まずは本学の医療職における介護の現状を把握しなければならないと考え、全教職員を対象に介護に関するアンケートを2回実施しました。
その結果、何らかの形で介護に携わっている人の割合が3割程度、残りの7割は介護未経験。「介護と仕事の両立を希望しますか」という質問には、9割近い人が「希望する」と回答。「将来の介護、現在行っている介護に不安を感じる」という人も8割を超えました。
そうした声を基に、「ちょこっと介護見守り支援」と銘打ったファミリーサポートによる実践的介護支援を立ち上げ、「介護なんでも相談窓口」を女性医療人キャリア形成センター内に開設しました。それまでも相談窓口はあったのですが、どうしても「介護休暇はどうしたら取れるか」「給与はどうなるのか」といったハード面での相談が多かったので、「今どうしたらいいか分からない」といった漠然とした不安や、ちょっとしたお悩みを聞くような窓口を作りたいという考えでした。
介護版ファミリーサポートが始まったのは令和3年度。コロナ禍で、依頼会員も増えず、サポートに出かけることもできない状態が一年以上も続きました。それでもアンケートでは、「ファミリーサポートの介護支援を受けたい」という声は多かったし、サポート内容については、外出の付き添い、食事の見守り、話し相手といったちょっとしたサービスへの希望が多かったので、需要については確信していました。
ところがチラシを配っても、全然反応がない。コロナ禍ということもあり、みんな忙しくて、ポスターを貼っても見る暇がない、メールが来ても見る暇がないという状況でしたね。ファミリーサポートの事業は、顔の見える信頼関係が命。子育て支援の普及のときは、ブースを設けて対面で依頼会員を募集していましたが、コロナ禍ではそれもできず、身動きが取れない状態でした。
依頼会員や相談件数が伸びないことは悩みではありますが、この事業の目的は数ではありません。自分ではどうしようもないところまで追いつめられ、誰にも相談できず、全てを投げ出すしかないという教職員を出さないためのセーフティネットなんです。介護は、支援を受けるご家族の意思を尊重することが大事ですので、それぞれのケースを把握して適切に対応できるようなシステムを作ることの方がむしろ重要と考えています。
サポート活動の実例では、食事を作ってほしいという依頼がありました。「温かい食事は泣けちゃうよね」って大変喜んでいただいたそうです。介護保険が適用になる一歩手前で、一人で生活できるけど、一人にしておくのは心配という状態の方にサポートを提供するのが、まさに「ちょこっと介護見守り支援」なんです。ヘルパーさんが入っている場合でも、介護保険の枠の中でヘルパーさんが入れない隙間を埋めるサポートはできます。週1回、お話し相手になって帰ってくるだけでも、大きな安心になると思うんですね。
先程お話しした全教職員対象のアンケートで見えてきたのは、介護未経験だけど将来の介護には漠然とした不安を抱いていて、仕事と介護の両立を望んでいる人が多数いるということ。また、自分では介護と認識していないけど、例えば親が遠方にいて週1回帰ってお手伝いをしている人はいると思います。自分の時間を消費するようになったら、それはもう介護なんですね。介護未経験と答えた約7割の人にはそういう人も含まれているはずです。
ハンドブック「キャリアプランをあきらめない 介護ロードの歩き方」を作成したのも、そういった人たちが一番知りたいのは、いざ介護を始めるとなった時に何をどうしたらよいのか、その前にしておくべきことは何なのか、ということだと考えたからです。そういう不安に寄り添った、読みやすい冊子を作りたかった。いくつかの会社に提案いただいた中で、ベネッセの案が一番私たちのニーズに合っていると感じて制作を依頼しました。
「サイズも小さめで持ち運びしやすい」「内容も読みやすい」という声や、付箋を貼って熱心に読み込んでいる人もいると聞きました。大学としては、「介護しながらでも夢を諦めず、自分のやりたいことを続けていけるよ」という訴えかけをしていきたかったので、このハンドブックはそれに叶ったものになりました。
医療現場の特性として、医療技術職は仕事の代行が頼めないという問題があります。私の場合もご近所の方々の支援も受けながら、なんとか仕事を続けていたのですが、最後の方はにっちもさっちもいかなくなって、しばらく休職しようかというところまでいきました。当時の上司に「休職すると研究歴が途切れるからやめたほうがいい」と言われて、泣く泣く無理して続けましたが、そんな人も多いと思います。
でもある面では、介護はライフ・ワーク・バランスを考えるきっかけになりますね。今まで忙しすぎてできなかった人生の振り返りとか、親との関係性や時間に目を向けるきっかけになるので、本学の教職員にも介護を入り口に考えてもらえたらと思います。介護って悪いことばかりではないんですよ。
「YAYOIプロジェクト」と銘打った、私たちの文科省ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ「先端型」の事業は、グローバルヘルスリーダーを目指す上昇志向の女性研究者を育成するのを目的としています。本学の行動目標には、女性教授率を30%以上にすること、介護支援制度の利用率を0.6%以上にすること、とあります。これらの目標を目指す中で状況に応じて求められる支援の内容を抽出し、事業展開していきたい。
本学の教職員に伝えたいのは、困った時に必要な支援は必ずどこかにあるということ。自ら耳を塞ぐことなく、上長や同僚に相談したり、関係部署に問い合わせたり、どんな小さなアクションでも起こしてほしいと思います。今回のハンドブックがきっかけになって、「相談してみようかな」という人が一人でも多くなることを心から期待しています。
取材日:2023年7月12日
文部科学省の令和3年度ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ「先端型」活動の一環として、
仕事と介護の両立ハンドブック「介護ロードの歩き方」を作成。
いざ介護が始まったときに何をどうすれば良いのか、事前に備えておくべきことは何かを知っておくために教職員に配布。
啓発・周知の継続的な取り組みとして、仕事と介護の両立セミナー「介護にかかるお金の考え方」開催。