前身の大師電気鉄道の創立は1898年。関東最古の歴史を持つ鉄道会社、京浜急行電鉄株式会社。沿線住民の生活基盤として、止めることができない事業性と男性が圧倒的に多い職場ならではの課題と向き合いながら、ダイバーシティの推進に取り組んできました。その柱のひとつである仕事と介護の両立支援について、人事部人事厚生課課長補佐の吉田菜つみ様にお話を伺いました。
介護支援に目を向け始めたのは2017年頃。当時、介護離職などの問題が実際に出ていたわけではありませんでしたが、鉄道の運行や保守に携わる現業部門では、いつ介護の問題に直面してもおかしくない年齢層の職員割合が高い職場も多く、現業部門では人数が欠けてしまうと電車が動かないということにもなりかねませんので、現業職の活躍を止めないための準備として導入が必要と考えました。
もうひとつには、社内にダイバーシティの概念が浸透しているとは言い難い状況だったという背景があります。上の世代の方々に「育児」とか「女性活躍」といっても自分事として捉えにくいということもあり、どんな観点なら響きやすいかを考える中で「介護」というキーワードが出てきたのです。
私自身、以前は広報のセクションにいて、まさに仕事と育児の両立をしている当事者でした。同じ部署には現業部門出身の年長の方も多く、お昼休みなどに雑談をしていると、実は介護中であったり、思春期で難しい年頃のお子さんと向き合っていたり。乳幼児育児中のママはその事情が目立ちやすく、それまで特別扱いのような気遣いを受けることに、このままで良いのかとモヤモヤしていましたが、このときの職場環境に、人それぞれ抱えているものが違い、それぞれに叶えたいワーク・ライフ・バランスがあることを感じました。
育児に関しては、現業職にも女性が増え、男性でも育児休暇を取る人が増えて、会社全体で重要視して取り組むべき課題との認識が高まりつつありました。介護支援の取り組みも育児支援と合わせて進めることができました。2019年に本社移転を控えており、それに向けて「パソコンがノート型に変わるらしい」だとか、「時差出勤が導入されるらしい」だとか、様々な形で「働き方が変わる」という意識が芽生え始めていたこともあり、良いタイミングだったと思います。
両立支援の第一歩として2018年に管理職向けの基礎編セミナーを本社部門と現業部門に分けて実施しました。「自分事にする」という目標が第一段階ですが、その前提として管理職がどれくらいダイバーシティの意識を持っているかが肝になると考えました。メンバー一人ひとりにライフイベントがあり、何かしら背負っているものがあることを理解できれば職場のマネジメントは変わってきますから、職場づくり、風土づくりにおいて管理職の意識が重要という考え方が一貫して取り組みのベースになっています。
セミナーをやってみて「自分事に感じられた」という声は多かったですね。ただそれを職場のマネジメントにおいてどう活かしていくかは、少しずつ時間をかけてやるしかないと思います。50代以上の社員であれば自分の両親を思い浮かべれば、介護を自分事として感じることはできます。一方でマネジャーの視点では、職場で実際に発生してみないと自分事になりにくい。誰しも大変なことを進んで考えたくはないですが、実際に発生したとき対応に困らないように、他の職場や他社での実例を挙げながらケーススタディを行いました。現業部門では「あなたの駅で係員がこういう状況になりました。さあどうしますか」といった想定でロールプレイングを行ったところ、現実味があり切実に身につまされるといった反応でした。
社員個人が悩みを抱えているとパフォーマンスが落ちるリスクやヒヤリハットは、以前から社内で共有されていました。私たち鉄道会社はお客様の生命をお預かりしている会社ですので、上司が一人ひとりの状態の変化に気を配るという意識がもともと根付いていましたから、実感として響きやすかったのだと思います。
2019年には、管理職・応用編として前年度のアンケートで希望が多かった「介護にかかるお金編」「施設編」のセミナーと対面個別相談会を実施。「両立」をより具体的にイメージしてもらえるように、介護経験者の体験談も載せた「仕事と介護の両立ハンドブック 辞めないための7ヶ条」も作成しました。
ベネッセのサービスを選んだのは、実際に介護施設の現場で介護に携わった人、ケアマネジャーの経験を持った人の話を聞けるところが魅力だったからです。「自分事にする」という最初の目標のためにも、経験に基づいた話であれば納得感が違うと考えました。セミナーの参加者からも「今まで自分の身に起こったことはなかったけれど、考える機会になった」という声や、少し上の世代だと「近い将来あり得ることなので、相談できる近くの地域包括支援センターを調べておこうと思った」という声もあって、一歩踏み出すきっかけになったのかなと思います。
人事部としては「会社で介護の話をしていいんだよ」ということを伝えたい。介護で困ったら人事部がその相談窓口になることは周知していますが、介護で困ったときに「辞めようかと考える前に相談してね」というメッセージを発信し続けていきたいです。
これからの課題になるのは「継続性」だと思っています。介護や育児は見えやすいテーマですが、それに直面していない人の方が多数派です。知識として知ることはできても実感には結びつきにくいし、不公平感につながる面があることも否定できません。また、育児や介護に直面している人も、守られていることに肩身を狭く感じてしまいがちですが、それでは本人の成長や活躍につながりません。これからの時代、介護や育児のように「自分がやらなければいけないこと」だけではなく、仕事以外の「自分がやりたいこと」がそれぞれにたくさんあるはずなので、それも含めて仕事との両立を許容しあえるようにならなければと思います。
当社には色々な職種があり色々な人がいるので、求めること、助けてほしいことはそれぞれ異なります。一律的に制度を用意してもそれがゴールにはなりません。あらゆる職場において必要とされる選択肢を用意することが人事部の役割。介護や育児のための休暇や支援金はもちろん大事ですが、それは既に会社の制度としてベースにあるので、ここから目指すべきは「誰もが選択できる制度」であり、それを「選択しやすい風土」だと思います。
この一、二年で時差勤務が急激に浸透して、「ジムに行きたいから早く来て早く上がります」という社員も増えてきました。こうした働き方の変化によって、育児や介護で時差勤務を使うことにも違和感がなくなります。今後力を入れたいのは、介護や育児に携わる人に対するアンコンシャス・バイアスを取り払い、「もっと柔軟に考えようよ」というアプローチ。介護も育児も多様性のひとつだと捉えてみんなが認めあえる、それが理想ですね。
取材日:2022年6月27日
仕事と介護の両立セミナー(基礎編・管理職編・応用編) / 対面個別相談会 / 両立ハンドブック
圧倒的に男性が多い職場で、現業部門(運転関連・工事担当・架線補修担当など)の方達が高齢化に差し掛かってきたため、ヒヤリハットリスクもあることから、早くこの課題に着手をしたいとのことでセミナーを実施。管理職編は「本社部門」「現業部門」と分けて実施。
ハンドブックは、経験者の声も載せるなどして、より具体的に両立をイメージしていただく内容に。