法定の介護休業や介護休暇を整備することは、もちろん必要です。中には、法定を上回る日数の介護休業や介護休暇を整備している企業もあると思います。しかし、介護休業の取得者は少ないのが実際のところです。私たちが行った調査では、介護休業が想定するような連続した期間の休暇が必要になる介護者は少なく、介護休業を取得する場合もその期間は短いケースが多いことが明らかになっています。そういう意味では、介護休業期間を長くするよりも、分割して取得できた方が、当事者のニーズに合っていると言えるかもしれません。また、介護休暇も1日単位ではなく半日単位や時間単位の方が使いやすいかもしれません。最近、就業時間中に職場を一度抜けて介護の用事を済ませ、また職場に戻る「中抜け」ができると両立しやすいという話をよく耳にします。たとえば、お昼休みをはさんで一度職場を抜けて、ケアマネジャーやかかりつけ医と会った後、また仕事に戻るという方法です。
家族のケアのために休暇や休業が必要という両立支援の発想は、子育て支援を雛型にしています。ただし、介護では、育児のようにずっといっしょにいる必要があるケースは多くありません。介護のための短時間勤務制度を導入している企業もあると思いますが、日中の数時間は、一人で過ごすことができるという要介護者もいます。そういう場合は、短時間勤務でなく、通常どおりに勤務して、帰宅後に介護をするという生活で仕事と介護を両立できるわけです。残業の調整ができればフルタイムでも仕事を続けられるという人は少なくありません。通常どおりの勤務が難しいケースでも、フレックスタイムや時差出勤のように、フルタイムで出退勤時刻を調整したいという人もいるでしょう。短時間勤務にすると賃金が減りますから。
子育てでは、乳幼児を一人で家に置いておくわけにはいきませんから、なるべく労働時間を短くすることができ、休暇や休業も長く取れることが良い両立支援という発想になります。一方、介護においては、なるべく出勤しながら、介護の状況に応じて柔軟に仕事を調整することで仕事と介護の両立を図ろうとする人の方が多いです。
しかし、だから介護休業や短時間勤務は不要ということにはなりません。やっぱり短時間勤務が必要という人もいます。先ほど長期の休業を必要とする人は少ないと言いましたが、中には遠距離介護をしていて、しばらく要介護者のもとに滞在するために、長期の介護休業が必要という人もいるでしょう。ターミナルケアのために介護休業を取る人もいます。介護は多様です。寝たきりの人もいれば、認知症の人もいるし、要介護度も様々です。介護を分担できる家族がいる人もいれば、一人で介護している人もいます。経済的な事情もそれぞれです。そのため、どんな形で仕事を続けたいかという希望も人ぞれぞれです。このやり方がよいという一律の方法論で解決することは難しいでしょう。仕事と介護を無理なく両立させるために自分はどのような働き方をしたいか、社員1人1人の希望を聞き、誰もが安心して働き続けることができる制度を作ることが大切です。
子育てとの対比において、介護に特徴的なことがもう一つあります。それは、休暇や休業、あるいは勤務時間短縮と言った形で労働時間を調整する必要ない人も、思うように仕事ができていない、という問題が生じる可能性があることです。たとえば、要介護者に認知症の昼夜逆転があって夜眠れていないという問題があります。通常どおりに出勤はしているけれども、退勤後の介護疲労が蓄積した状態で、翌日また出勤するという生活が続いて、疲労やストレスが蓄積していくのです。あるいは、遠距離介護で、金曜の夜仕事を終えて新幹線や飛行機で実家に帰り、親の世話をして日曜の夜再び戻って来るという生活を送っている人もいます。こうした人は、通常どおり勤務しているので周囲の人が、問題に気づきにくい。
介護疲労や介護ストレスが仕事に及ぼす影響として、健康状態が悪化し、仕事を辞めざるを得なくなる、という問題はもちろんあります。しかし、それはあくまで結果の話です。その前段階で、介護による肉体的な疲労や精神的なストレスを抱えた状態で、仕事をしている社員もいることに注意を向ける必要があります。そのような社員は仕事の能率が落ちている可能性があるからです。たとえば、深夜介護で眠れていない場合、仕事中につい居眠りをしてしまう可能性は高くなるでしょう。介護のストレスから、ちょっとしたことでイライラしてしまうこともあります。勤務態度の問題にとどまらず、不注意によるミスが増えて、重大な過失や事故を招くようなことになったら大変です。仕事の成果において、ノルマ等の目標を達成できないことや、スケジュールに遅れが生じるといったことになれば、会社の業績にかかわってくるのではないでしょうか。
介護による肉体的疲労や精神的ストレスから、不眠になったり、体調を崩したり、介護うつにかかるといった問題は、会社の外で起きる問題としては有名です。ときには心中や殺人、自殺といった痛ましい事件の原因として報道されることもあります。しかし、そうした介護疲労や介護ストレスの問題が、仕事にも好ましくない影響を及ぼす可能性がある、という問題意識をもっている人は、まだ多くありません。が、そこまで追いつめられる経験をしているのですから、仕事も思うようにできなくなるのは当然のことです。
こうした事態を回避するために、家族の介護を担う社員の健康状態をきちんと把握し、問題だと思ったら、医師等に診せるなど、適切な対処を講ずることが大事です。
社員の介護の実情を会社が把握する仕組みをまずつくることです。働き方の問題にせよ、健康問題にせよ、社員が仕事と介護の両立について、どのような困難に直面し、どのような支援ニーズがあるのか、その実情は会社から見えにくい、ということに留意する必要があります。「介護休業や介護休暇を取っている人がいないから、当社には介護の問題は起きていない」と考えるのは早計です。介護休業や介護休暇ではなく、年次有給休暇(年休)で仕事を休んで介護に対応している人は少なくありません。また、述べたように、仕事を休んでいなくても、帰宅後や休日の介護のために疲労やストレスが蓄積していることもあります。問題なのは、そのことを職場で話す社員が少ないことです。中には、実際に介護に直面しているのに、介護休業や介護休暇という制度を知らない人もいます。会社は誰が介護に直面しているか分からず、社員は会社にどのような両立支援制度があるか分からない、というすれ違いが起きる可能性があるのです。ここに仕事と介護の両立支援の難しさがあります。
介護の実情を把握する方法は様々にありますが、アンケート調査をしてみると、思っていたよりも多くの社員が介護に直面しているか、今後介護をすることになる可能性が高いと思っていることに気づく企業は少なくないと思います。また、社員が望む支援についても統計的に把握することができ、両立支援の制度をつくる参考にできると思います。しかし、アンケート調査は頻繁にはできませんし、個別事情の把握には不向きです。
個々人の差し迫った介護と仕事の両立困難に対応するためには、個別に相談しやすい態勢をつくる必要があります。そのために、セミナーを開催し、仕事と介護の両立についての基礎知識を社員に与える、という方法が最近注目されています。まだ介護を経験していない社員も集めて、仕事と介護の両立について心の準備をしてもらうのです。そのとき、実際に介護に直面したら利用できる支援制度があることを伝え、一人で抱え込まずに、会社に相談するよう伝えます。社員の仕事と介護の両立を支援する姿勢がある、というメッセージを伝えることで、会社に相談しやすくなる効果が期待できます。
また、人事担当者には言っていないが、同じ職場で働く上司や同僚には、介護のことを話しているというケースもあります。その場合は、上司である現場の管理職から人事担当者に報告してもらうようにしましょう。しかし、上司には話しにくいという社員もいます。「定期的に行う上司との面談の席で介護の話も聞き取っている」という話を企業の方から時々うかがいますが、「今期の目標は達成できたか…」といったシビアな仕事の話をしているときに、家族の介護の話をできるものでしょうか。プライベートな話を聞き出すことが上手な管理職であれば、できているかもしれませんが、そのような人ばかりではありません。そうしたバラツキを小さくする意味でも、部下が介護に直面したときの対応について管理職研修を行うことは重要です。
それでも、日頃は仕事の話しかしていないのに、介護のことだけ上手く聞き出すというのは至難の業です。介護のことを社員が気兼ねなく話せるためには、普段からプライベートについて職場で話せる雰囲気をつくっておくことが大事です。「結婚した」「子どもが生まれた」「子どもが熱を出した」「家族旅行に行く」といった話題が日常的に会話の中にあれば、家族が病気になって介護が必要になったということも、自然と会話の中に入ってくるでしょう。
そのために、日頃から残業削減や休暇の取得促進に取り組むことが大事だと思います。それは単に介護をしている人が早く帰れるため、ということに留まりません。今はどの会社もギリギリの人数で仕事をしていることでしょう。その状況で、残業しないで帰る、休暇を取る、ということができるためには、職場で話し合って、仕事の分担やスケジュールを調整する必要があると思います。そのコミュニケーションの中で、なぜ残業ができないのか、どういう目的で休暇を取るのか、プライベートな事情が話題に出てきて、お互い様意識が醸成される。それが仕事と介護の両立の土台になります。そうした職場では、介護に直面した社員が、気兼ねなく介護のことを話せるでしょうし、労働時間の面でも仕事と介護を両立しやすくなるということです。
介護はいつまで続くかわからないと言われます。私もそうだと思います。ですから、普段どおりの働き方で「いつまででも」仕事と介護の両立を図ることができたら、それが一番です。
独立行政法人 労働政策研究・研修機構 企業と雇用部門・副主任研究員。
1973年生まれ。東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程単位取得退学。 「仕事と家庭の両立」をテーマとし、介護や女性の働き方、男性の育児、労働環境などについて研究している。
3回にわたってお届けした池田先生へのインタビューの内容はいかがでしたでしょうか。
企業や組織が「仕事と介護の両立支援」に取り組む必要性や、その取り組み方に何らかのヒントがあったことと思います。
このインタビュー記事への感想や、さらに詳しく聞いてみたいこと等ありましたらご連絡ください。
皆様からのご意見をお待ちしています。