そうなる可能性は高いと思います。2000年代に入って「男性介護」の問題がクローズアップされるようになりました。背景には、少子高齢化と家族の変化があります。日本の伝統的な家族では、長男が親と同居し、その妻が年老いた舅・姑の世話をしていました。今でも男性の親が要介護状態になったとき、その介護を妻が担うというケースは少なからず見られます。しかし、戦後日本社会の趨勢として、「嫁による介護」は減っており、代わって、要介護者の夫や妻が介護を担う「配偶者介護」や、実の子が介護を担う「実子介護」が増えています。
そうした変化の中で、男性の介護者も増えています。「配偶者介護」でいえば、要介護状態の妻を夫が介護するというケースです。「実子介護」においては、独身の増加により、「妻のいない男性」が増えています。その場合、自分の親の介護は、自分がせざるを得ません。また、結婚していても、夫婦がそれぞれ親の介護に直面し、それぞれに自分の親を介護するという話も最近は耳にします。
家族が年老いても最後まで元気でいてくれればよいのですが、こればかりは予測がつきません。自分の親がいつ倒れて介護が必要になるか―。これは子供にとってコントロールできないことです。少子高齢化がますます進む今後は、突然介護に直面するということが、誰の身にも起きる可能性があります。それは正社員として企業の中枢を担っている人たちも例外ではありません。2025年にはすべての団塊世代が後期高齢者となりますが、そのとき団塊ジュニアは50代になっています。企業の中でも重要なポストを占めている年代ですが、この人たちが親の介護を担わなければならなくなるのは避けられない現実です。
企業の基幹労働力において、仕事と介護の両立が問題になるということです。育児・介護休業法は1995年に制定されています。その当時から、仕事と介護の両立は社会的な問題となっていました。当時は、女性の就業継続という文脈で問題にされていましたが、正社員としてキャリアを継続している女性は少なく、家族の介護に直面する女性労働者の多くは、パートタイマーのような非正規社員でした。しかし、男性は大多数が正社員ですから、男性介護者が増えるということは、基幹労働力である正社員の介護者が増えることを意味します。それだけ経営に及ぼす影響は大きくなるという問題意識をもつ企業が増えつつあります。
これまで、育児や介護という労働上の制約があるのは女性だけと思われていました。そのような制約がない男性は、定年までずっと仕事人間に徹していられるものと思われていたのです。しかし、わが国の人口構成を見る限り、これからはそうはいかなくなるのは明らかです。男性介護者の増加は、企業にも大きな影響を及ぼすことになるでしょう。
介護離職が社会的な問題になりつつありますが、せっかくキャリアを積んできたベテラン社員が介護を理由に辞めることは、企業にとって損失でしょう。また、会社を「辞めなければ良い」ともいえません。介護疲労や介護ストレスによる業務効率の低下という問題もあります。ふだんどおりに退勤し、翌日出勤する生活を続けていると、問題なく両立できていると思われるかもしれません。しかし、退勤後に深夜まで介護をする生活や、週末も休みなく介護をする生活が続けば、仕事にもマイナスの影響をもたらします。結果的に心身ともに疲労困憊で仕事を辞めるということもありますが、辞めなくても、業務効率が落ちる可能性は高いです。介護疲労や介護ストレスが虐待や無理心中など、職場の外で重大な影響を介護者にもたらす可能性があることは、すでによく問題にされています。 しかし、その影響が職場にも及ぶという問題意識をもって、家族の介護をしている従業員の状態に目を向ける必要があります。
従業員の介護をプライベートな問題として放置すると、企業にとって損失が大きくなります。仕事をやめた従業員にとっても、離職すれば人生設計が狂いますし、収入が絶たれることで経済的に苦しくなる可能性もあります。介護によって企業も従業員も大きなデメリットを受けることなく、従業員のワーク・ライフ・バランスを保つために、両立支援の取組を進める必要があります。
企業の中には、重要なポストに就く中核社員が介護のために辞職する、という事態に直面し、「困ったことになった」と感じているところもあります。しかし、そうした問題意識をもつ企業はまだ少なく、多くの企業にとって介護は「これからの課題」であるようです。「介護問題が広がると大変なことになる」という漠然とした不安をもつ企業は多いようですが、「この問題が本格化すると、何が、どう困るのか。企業として何をすべきか」という、具体的なイメージはまだ描けていないようです。その意味で、現状の介護問題のとらえ方は"不安先行型"のように見受けられます。
企業が介護問題を考えるとき、まず現在ある「育児・介護休業法」に沿った対策を考えるでしょう。このようなサポートがあることすら知らない人も多いので、それを広く従業員に知らせることは大事です。
しかし、これからやってくる本格的な介護時代に、この法律の規定にある制度だけで対処するのは難しいかもしれません。法律では、93日の介護休業を企業に義務づけていますが、長期の休業がよいのか、それとも勤務時間を短縮するのがよいのか、といった介護者のニーズは多様です。また、上述した介護疲労や介護ストレスのように、育児・介護休業法が想定していない課題もあります。法定の制度を整えることは大事ですが、法律にとらわれることなく、当事者である従業員が直面している両立困難の実情に合わせた制度をつくる、ということを第一に考える必要があります。
少子高齢社会になった日本は、人口構成を見れば、先に述べたような事態になるのは間違いありません。現役世代に今後ますます介護問題が広がるという認識を持って、企業としての支援態勢を整えることが大事でしょう。
独立行政法人 労働政策研究・研修機構 企業と雇用部門・副主任研究員。
1973年生まれ。東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程単位取得退学。 「仕事と家庭の両立」をテーマとし、介護や女性の働き方、男性の育児、労働環境などについて研究している。