仕事と介護の両立支援にあたって、介護は「会社から見えにくい」ということに、まず留意する必要があります。育児・介護休業法では、育児休業とともに介護休業を企業に義務付けていますが、育児と介護では、課題を抱えている従業員の見えやすさが大きく異なります。育児休業の対象となる出産・育児期の従業員が誰か、会社の人事担当者が把握していないということはほとんどないと思います。女性は、出産にあたって必ず産休を取りますし、男性も子どもを自分の扶養に入れるといった手続きを通じて、子どもが生まれたことを会社に伝えます。一方、介護については、家族を介護していても、介護休業を取る従業員は極めて少ないという現状があります。もちろん介護のために仕事を休む人は少なくないのですが、多くの場合、年次有給休暇を取っています。そのため、従業員が家族の介護をしていることを会社は知らないということになりがちなのです。
介護の実情は一人一人異なります。「独身男性だけれど、一人っ子なので、今、親を介護している」とか、「遠距離介護のために、月に1回は田舎に帰っている」などということは、本人が言わない限り、周囲の人にはわかりません。しかし、職場でそれを自発的に言う人は少ないのです。
会社には何も言わずに介護をしていた社員が、「もうこれ以上は無理」と、ある日突然、退職を願い出ることがあります。そのときに初めて、親を介護していたことを人事担当者が知る、というケースは珍しくありません。もっと早い段階で事情を把握して、適切な支援ができていれば、こういう事態を避けられるケースもあるでしょう。企業が従業員の介護問題を把握していないということは、たとえて言えば、自覚症状のないまま病気を進行させてしまうようなものです。
では企業に何ができるでしょうか。まず、誰がそういう問題を抱えているか、しっかり把握しておくことが大事です。
ひんぱんに有給休暇をとるようになったり、遅刻、早退が増えたり、残業の多かった人が早く帰るようになったりしたら、私生活で、何かそれまでにはなかったことが起きている可能性があります。もしかしたら介護が始まったのかもしれません。また、人事担当者には届いていなくても、直属の上司や気心の知れた同僚には事情を打ち明けていることもよくあります。そういう場合には、職場から人事部門に報告してもらい、人事の担当者が本人の状況を把握できる体制にしておくのが望ましいでしょう。
企業が従業員の介護問題を適切に把握するためには、日ごろからの管理職と従業員をはじめ社内のコミュニケーションが大事です。ふだん業務のこと以外に会話のない職場で、介護の話題を出すのは唐突でしょう。しかし、ふだんからプライベートなことを話しやすい雰囲気があり、たとえば「子どもが熱を出して学校を休んでいるので、今日は早めに帰りたい」といったことを気軽に言える職場であれば、「親の介護が始まったので介護保険の手続きをするために、休みをとりたい」ということも抵抗なく言えるでしょう。
逆に、「どうせ会社に言ったところで無駄」とか、「どういう制度があるのか聞きたいけれど聞きづらい」などと、従業員が遠慮してしまうような雰囲気がある職場では、介護の実情も把握しにくくなります。
最近は少しずつ変わってきているようですが、「プライベートなことを職場に持ち込みたくない」という意識を持つ人は今もいます。若くて将来を期待されている社員であれば、介護をしていることが自分の評価にマイナスかもしれないと思うかもしれません。また、会社に言っても何も期待できないのであえて言わないという人もいます。長年勤めている会社であれば、ある程度の察しがつきます。ワーク・ライフ・バランスの意識が低い会社では、「言ったところで会社が何かしてくれるわけではない」と従業員は思うでしょう。また、「介護の経験がない人に言っても、どうせ理解してもらえない」と思うこともあるようです。要介護者の症状がそれほど重くないことから「会社に言うほどのことではない」という人もいます。しかし、事態が深刻になってからでは手遅れと言うこともありますので、やはり気軽に職場で話ができた方が良いでしょう。
仕事と介護を両立させることができるワーク・ライフ・バランスのよい職場とは、従業員がコミュニケーションをとりながら、お互いが仕事を調整し合うという柔軟な態勢がとれる職場のことです。お互いがお互いの生活スタイルも尊重しつつ、目標にむけて力を合わせて成果を出していく職場を目指していくことが重要でしょう。
独立行政法人 労働政策研究・研修機構 企業と雇用部門・副主任研究員。
1973年生まれ。東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程単位取得退学。 「仕事と家庭の両立」をテーマとし、介護や女性の働き方、男性の育児、労働環境などについて研究している。